2012-05-13

碓氷峠・旧信越本線を訪ねて-EisBein(アイスバイン)茹でた塩漬け豚骨付きすね肉

信州の5月は、暖かくなったと思うと急に霜が降りたり、雷が鳴って雹(ひょう)が降ったりする油断のならない天気を繰り返す。先日、畑に夏野菜の種を蒔いたり、苗木を植えたばかりで、寒さで新芽の元気がなくなるのではないかと心配した。そんな中、ここよりはずっと温かい土地に住む友人が信州の新緑を味わいたいと、急に週末、一泊で遊びにやってきた。そして、彼女の行きたい先は決まっていて、それは、碓氷峠にある旧信越本線のアプト式鉄道跡であった。あの奥深い山の中に今でも残る美しいレンガの造形と山の景観を一目見たいと言うのである。え、私?もちろん話だけで行ったこともない。そして、軽井沢と聞いて、ある人物がすぐに思い浮かんだ。その人物がこの鉄道を利用したのだろうか。当時の車窓から一体どんな景色が見えたのだろうか。などと思ううちに、私もその空気に触れてみたいと、ついに行きたくなった。

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IMG_0688碓氷峠超えが当時の日本の鉄道開発の大きなテーマとなった理由は他でもない、東京の上野と新潟を鉄道で結ぶという、当時の日本のロマンでもあったかと思う。標高は1000mに近い険しい峠をトンネルや橋梁によって超えるという壮大な計画であったのだろう。中でも「めがねIMG_0697橋」と呼ばれる碓氷第三橋梁は、緻密にレンガを積み立てた美しい姿をしている。現在は、線路は取り除かれてそこは舗装され、人が歩いてかつての線路上をたどれるようになっている。因みに今回は、めがね橋から1.2km離れている熊の平駅まで、5つのトンネルをくぐって歩いてみた。

緩やかな上りが熊の平駅まで続き、最初の500mほどのトンネルを超えると、時折外界に出ながら4つの短いトンネルをくぐる。そのトンネルの内壁は全てレンガで、幅の広いレンガの層と短いレンガの層が交互に積み上げられていた。これは、内壁の強度のためらしいが、このトンネル造りにどれほどの人が駆りだされたのだろうかというのは想像もつかなかった。

熊の平駅の手間に殉難碑が祭ってあり、説明を読むと、山崩れの復旧作業に当たった職員らの家族が二次災害によって50名、亡くなったということだった。山の神さまの怒りでもないのだろうが、人があの美しくも険しい山に入って文化を持ち込んだことに何かを思わないではいられなかった。こんな思いが少し馳せた。

そして、空気は冷たく澄んで痛いほどだった。時折、トンネルの上の方から冷たい雫が方に落ちてくる時、トンネルの天井の外の土の匂いを感じ、トンネル工事の現場からいきなり自然界に連れ戻されるようではっとした。

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このトンネルをくぐりながら一つだけ当時を実感したのは内壁に分厚くこびりついた真っ黒い煤だった。長い年月で何度となくここを機関車が通った証だ。そして、トンネルの切れ間から見える外界の景色の美しさは、きっと昔も同じだったのだろううと想像した。そのことに触れられただけで十分この旅が良いものとなった。

さて、夕方少し遅くなって諏訪に戻り、早速晩御飯の支度に相成った。

夜中に茹でておいた塩漬けの豚の骨付きすね肉(アイスバイン)に火を入れて温め直し、フランスパンをちぎって温泉卵を落としたレタスのサラダは、ヨーグルトににんにくを混ぜたソースで和えて仕上げた。幸運にも軽井沢で、シュパーゲル(白アスパラガス)を見つけ、これは、茹でてオリーブオイルを掛けてあっさり食べた。備忘として、アイスバインのレシピを書いておくことにした。

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アイスバインは、仕込んでから食べるまでに最低、一週間はかかる。まず、ソミュール液という高濃度のつけ汁を作り、これに肉を漬け込んで味を染み込ませるのに一週間かけるからだ。冷蔵庫で時々ひっくり返しながら漬け込んだ後、取り出して煮込み用野菜と一緒に3時間ほど弱火でじっくり煮込む。ここで一旦冷ましてスープの味を肉に戻して出来上がる。肉を適当に切り分け、ザワークラウトや一緒に煮込んだ野菜をつけあわせて粒マスタードをつけて食べると美味しい。

ドイツの家庭料理で、昔、ドイツ人の家庭でご馳走になった。この時の美味しさが忘れられず、何度か作りたいと思い出していたが、肝心の骨付き肉が入手困難であった。最近、市内にできた新しいスーパーマーケットにおいてあるのに気づき、何度か試作しているうちに出来上がったレシピを記録しておこうと思う。鶏の胸肉で作るハムも同じようにピックル液に漬け込むので、なんとなく要領は同じだが、肉が大きいので鍋は大きなものが必要である。また、その肉を扱う腕力も試される愉快な料理でもある。

材料

豚骨付きすね肉・・1本(約2kg)
ソミュール液
水・・1000cc
塩・・100g(10%)
砂糖・・(50g)
胡椒・・(5g)
ローレル・・3枚
タイム・・5本(なければ粉末)
クローブ・・5個
セージ・・5g

煮込み用の野菜
セロリ・・1本(葉も)
にんじん・・2本
小玉ねぎ・・(10個)
長ネギ・・1本
ガーリック・・2片
ローレル・・3枚
クローブ・・5個

作り方

1. ソミュール液の材料をすべて鍋に入れて一旦沸騰させ、火を止めて冷ます。
2. ジップロックの袋などに肉と一緒に1のソミュール液を入れて空気を抜いて冷蔵庫 で一週間ねかす。時折、上下をひっくり返す。

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3. 一週間後、肉を取り出して流水で軽く洗い流し、大鍋に肉とサックリ切った野菜、肉がすっかり被るくらいの水を満たして強火にかける。
4. 沸騰し始めるとアクが出てくるので、30分ほどアクと余分な脂を掬う。
5. 蓋をして弱火で3時間ほど煮込み、竹串をさして肉にすっと入って行けば一旦火を止める。肉が硬い時は1時間ほど延長してさらに煮込む。
6. スープの味をもう一度肉に戻すため、そのまま冷ます。
7. 食べえる前に温めなおし、野菜やザワークラウトなどを付け合わせに、粒マスタードをつけていただく。

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2012-05-10

マートンの「予言の自己実現」が、読売記事「就活失敗し自殺する若者急増…4年で2・5倍に」に当てはまるロジック

昨日、表記の記事について興味深い考察があった(参照)が、段階的に理解できない部分があり、書きながらじっくり紐解くことにした。

問題の読売記事だが、最初、この記事を目にした時すぐに目に入ったのがグラフだった(参照)。

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タイトルのインパクトとグラフの示す数字から何を連想するにしても人それぞれであると思う。

私の場合は、死亡者が急増した年と政治との関係でその数字を最初は追った。そして、「現政権になってから、急増している。」と思った次に、就職率を示す折れ線グラフが極端に落ち込み、それに反比例するかのように「学生」と「10代20代」の自殺者の数を示す棒グラフの数字が、右肩上がりに推移している。これは視覚からそういう印象を受けたのだったが、就職率を示す折れ線グラフの推移を数字で読むと、最高が97%で最低が91%という、わずか6%の推移を極端な下降で示している事に気づいた。この時点で感じた率直な印象は、この記事は捏造か、誇大な表現方法を使って意図的に書き上げたのではないかと思った。いわゆる「ツリ」。ネタにしているだけのくだらない記事ではないかと思ったためすっかり関心がなくなり、内容の信憑性を真面目に考えるのも馬鹿馬鹿しくなった。が、どうだろう。この記事から驚くような考察が展開されている。というか、私にとっては新鮮で、勉強になった。

「警察庁は、06年の自殺対策基本法施行を受け、翌07年から自殺者の原因を遺書や生前のメモなどから詳しく分析」したところ、「就活の悩みで自殺」が増加したというのは、間違いないとしてよいのだが、全体の変化がないということは、他の理由付けによる自殺が「就活の悩みで自殺」に移行したと理解してよいのではないか。

別の言い方をすると、「就活の悩み」という自殺の自己了解が増えたということで、社会学的にいわれる予言の自己実現の類ではないかと思う。

全体像を見るかぎり、就職できないために若者が自殺したというより、自殺の理由として「就職できないこと」として自己了解する時代になった、ということではないか。

まず、この「予言の自己現実」とは何?そこからピンと来なかった。ぐぐっとWeb検索して掘り出した文献は、大阪大学の社会学の講義資料のようだ。いくつか実例もあったので読み進めてみたら、世間一般でよくある話ばかりで、マートンという人物の定義だったと知った(参照)。

<「予言の自己実現」の定義>
マートンは「予言の自己実現」(あるいは「予言の自己成就」)を次のように定義している。
「自己成就的予言(self-fulfiling prophecy)とは、最初の誤った状況の規定が新しい行動を呼び起こし、その行動が当初の誤った考えを真実なものとすることである。」

この定義が上の引用のどこにかかるかというと「就職できないために若者が自殺したというより、自殺の理由として「就職できないこと」として自己了解する」の部分が、定義の前半の「最初の誤った状況の規定」に該当するのではないかな。

マートンの定義をちょっと分解して当てはめて見ると、「最初の誤った規定」に当たるのは「自殺の理由は就職できないこと」になる。そのようにストレートに最初から言われれば、そんなことはないよ自殺理由は他にもあるさ、と、私などは思う。でも、若者の自殺理由は「「就職できないこと」として自己了解をする時代になったということではないか」の、「時代」ってのが何を受けてどこにつながるのかよく理解できない。私の読解力の問題かもしれない。

次。

この記事を書いた人物の解釈が「自殺理由は就職できないこと」であるために、該当の読売記事が、読み手に誤解を与えやすい記事になったのではないだろうか。

ここで初めて、この記事に対する読者の反響を読んでみた(参照)。

ざっとだが、就活の悲惨さやこの社会を作った世代への恨み辛み、同情的な意見等様々な声を集めているが、殆どの人が「自殺理由は就職できないこと」と受け止めたからだと思う。これがマートンの定義の後半部分である「その行動が当初の誤った考えを真実なものとすることである。」に当てはまる部分だ。

この考察をされた先のブログでは、10代20代の全体の自殺者数だけ取り出して独自の折れ線グラフにし、矛盾点を示している。最初、この矛盾点の指摘さえもなかなか気づけずに苦労したが、読売記事には、「自殺者が増えている」と書いているにもかかわらず、内閣府の自殺統計から割り出した数字による折れ線グラフでは殆ど推移していない。読売のグラフに示されているような「増加」の根拠が不明なため、ここが捏造されているのではないかと疑念を持った部分でもある。そうかどうかも依然わからないままだが、はてなブックマークの反響からはっきり言えることは、マートンが定義している「予言の自己実現」が、現実にここで起きているということだと思う。先程疑問に思った「時代になった」という推察部分ではないかな。書きながら、やっとここにたどり着いた。

自殺の理由は就職できないこと」という誤った状況の規定が誤った記事表現となり、同情や社会批判などを多く呼び込んだ結果、「自殺の理由は就職できないこと」という誤った最初の考えをまるで真実のようにしてまったのではないか、という結論に至った。

紐解いてみると簡単なロジックでもあるが、解読にはとても時間がかかった。また、これを一つの例に取ると、今まで、様々な被害にもあったものだといろいろ思い出した。ネット上の事なので原因は同じようなことだが、文章の書き方という点で自分の反省材料にはなった。また、今回の読売記事のように、事実かどうかそこも確認できないような曖昧な内容を整然と配信されていることもままある(参照)ようだが、その記事に群がるコメントを読むと、こういう時代になったものかという悲観的な気持ちにもなった。こういう言い方は、老いの始まりとも言うが。

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2012-04-28

バーナンキ氏のこのところの発言から地味にショックを受けている

日本の動向について、なんだかいろいろと気になる毎日である。どれもこれも政治が不在のために起きている事と言って「見ざる言わざる聞かざる」を決めても、自分の心に嘘は付けない。不安や焦りという気持ちに恐れという弱さも自覚している。でも、そういった事から発する不満を政治で解決して欲しいと訴えるのではなく、もう少し建設的な意味合いから整理してみたい。

日本の経済停滞は1990年以降、20年も続いていると言われている。会社を営む側であるという立場から見ても、現場感覚としては将来不安としての材料は山積されている。なんとかこのデフレから脱出できないものかと、識者の意見やアメリカの動向などを追っている。なぜアメリカかというと、アメリカも日本と同様にこの道を辿っていたからだ。そ、ここで過去形となった。

25日、行われたアメリカ連邦公開市場委員会(FOMC)の終了後に、バーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長が会見で、現時点でのアメリカ経済全体についてどう認識しているか語った(参照)。その中で一番注目していた点は、量的緩和についてだった。次のように発言が要約されている。

<金融政策は正しい位置にある>

FRBが実施してきた経済、および見通しに関する分析に基づくと、金融政策は現時点で、おおむね正しい位置にあるとみている。これは、FRBが追加措置を実施しないという意味ではない。FRBには当然、追加措置を行う用意がある。ただ、当面はおおむね正しい位置にあるように見えるということだ。

「金融政策が正しい位置にある」というのは、アメリカは昨年、QE1とQE2(量的緩和政策)を二度行なってきている。どんどんドルを刷って世界にばらまいたというあの政策だ。世界的なバランスから見ると、ドルが増えた事による影響で、インフレを起こした国もあれば、デフレに加速がついた国もある。日本はどうかというと、黙っていればデフレが深刻になる。と、突然インフレとデフレは景気の傾向を指す言葉についてだが、日本は今「デフレで深刻な状態」というのは、円高ドル安を指している。身近な例では、海外旅行で買い物をすると、円安の時よりも同じ物が多く買える。物によっては、輸入品がかなり安価になる。が、デメリットは、輸出では逆に利益が少なくなる。海外からは、日本製品は高くなってしまう。では、どうしたらインフレへと移行できるのか?計算上は次のようになる。

円とドルの換算率の求め方は簡単な計算だ。今の日本の円がざっと160兆円ぐらいで米国が2兆㌦と仮定すると、160÷2=80。1㌦が約80円となる。仮に、1ドルを100円程度の円安にしたかったら160兆円のマネタリーベースに40兆円を足して200兆円に増やせばいい。計算ではこういう簡単なことだが、市場には「期待」という空気で左右される難しさもある。ここで先のバーナンキさんの発言の意味が出てくる。その空気を醸成する一言が会見では含まれていたことが、重要なポイントだと思った。

「FRBには当然、追加措置を行う用意がある。」

この発言は、私の記憶では昨年の7月から言い続けている。

子どもが親にお小遣いをせびるとする。親はできるだけ子どもを甘やかしたくないので、直ぐには現金を渡さない。あるときは我慢もさせる。でも、いつも我慢ばかりでは欲求不満を起こし、時には親子関係も悪くなるじゃない。そこで、「本当に必要なものならいつでも買ってあげたい」とい言うと、子どもは親に安心感を持てるし、「そうか、今度は本当に欲しい物を頼もう」と、期待も裏切らない関係を保てるでしょう。そんな感じの狡猾さがバーナンキさんにはあると感じた。この例が分かりやすいかどうか疑問だけど、言いたいことは察しておくれ。

そして、彼はこの会見で日銀の失敗をばっちり指摘してくれた(参照)。

「我々は(日本のような)デフレに陥るのを回避した」。バーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長は25日の記者会見で、米国は素早い政策対応をした結果、バブル崩壊後の日本のような長期の経済停滞は回避できるとの見通しを表明した。

バーナンキ氏はFRB入りする前の学者時代から、政策金利をゼロにした後も中央銀行はあらゆる手段を使ってデフレを防ぐ重要性を説いていた。FRB理事だった2003年には、日銀により積極的な金融緩和の提案をしたこともある。

25日の会見では「当時の私の見解は、今の我々の政策と完全に一致している」と述べ、FRBが早期に量的緩和など積極策をとったことが日米の違いを生んだとの見解を示した。

バーナンキ氏は「日本のバブルのほうが大きかったし、その崩壊の衝撃も(米国より)大きかった」と、日本の困難さに理解を示しつつも「我々はデフレ回避のために積極的かつ予防的に動いた」とFRBの対応を自賛した。金融システム対応でも、米国は公的資金を使った銀行の資本増強に素早く動いた点をあげた。

日本もあの時に金融緩和をやっていれば、今ごろはこんなにひどいデフレにはなっていなかったんじゃないの。と、言われたように感じる。かねてから日銀の金融政策の失敗だと識者からの指摘を聞くが、実際に緩和政策を思い切ったアメリカが実験を行なってくれたわけなんで、これを受けて日本はこれからどうするのかが気になる。いつまでも日銀神話を固持するものでもないと思う。 私がちらっと思ったことは、アメリカが緩和政策を行わないのなら、日本がインフレになる絶好のチャンス。だったが、そんなにあまくはない。

さて、その気になる結果だが、27日の金融政策決定会合後の記者会見で白川総裁は、がっかりな結論が判明した。毎日記事「日銀総裁:物価上昇1%、14年度にも達成の見通し」(参照)。これを2%にするだけでいいという意見はすでに、元日本銀行審議委員の中原伸之氏から出ていたのだが(参照)。\(^o^)/オワタ

ところで、現在、プリンストン大学の教授であるポール・クルーグマン氏について、私は少し誤解していたようだ。彼は、中央銀行に量的緩和を求めるリフレ派だとばっかり思ってきたが、月間VOICEの2月号の特集で扱っている記事ではこのように述べている。

日銀は、インフレ目標を持ち、実質金利がマイナスになるまで継続させ、財政出動を行う。今は増税を行うべきではない。

三年前のニューヨーク・タイムズのコラムで「いったん流動性の罠に陥ったら金融政策でマネーサプライを増やすことは絶対に無理だ。だから財政政策しか総需要を増やせない」という考えに転じたようだ(参照)。つまり、有効なリフレ策の前提条件が整わない以上、「流動性の罠」から抜け出すには財政出動しかないでしょ、という主張になったようだ。

これは、ミルトン・フリードマン氏(故人)の「日本は量的緩和を行えば短期間のうちに経済は拡張していく」という主張に反論したもので、クルーグマン氏とフリードマン氏のどちらの見方が正鵠を射ていたかは現実を見よということだ。

簡単に整理すると、中央銀行は不況時には政策金利を下げる金融緩和をし、景気が過熱状態になれば政策金利を上げて金融の引き締めを行っている。が、今の日本は、政策金利がゼロ付近であるにもかかわらずデフレ不況から抜けだせないでいる。中央銀行の手の内はもう無い。そこで、日銀はフリードマン氏の主張通り、公開市場操作で国債を購入する緩和をしたが、結果は今の「失われた20年」イマココ。前段の換算式の分母であるマネタリーベースを増やしても、資金需要の限られている市中銀行は、民間に資金を供給できない。中央銀行は、通貨をストックさせても意味がないということになる。

そのクルーグマン氏が、バーナンキ議長に「インフレを押し上げることで失業を減らせ」と助言をしたが、「非常に無謀だ」と跳ね返されたという話がある(参照)。このやりとりで私の頭は少し混乱したが、市場が安心するために一芝居打ったかに思った。そして、「FRBには当然、追加措置を行う用意がある」と口パクしてきたバーナンキ氏の狡猾さというのが潜んでいる部分だと後で悟った。頭のキレる人は違うなと、感嘆した。

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